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2008年12月10日  テレビ

肌色の檻の中で

「新作テレビシリーズ」の撮影で、
俺はこれまでに経験した事のない「地獄」を見た。


キャストされてからというもの、
俺は一刻一秒を惜しんで役作りに励んだ。
・・・でも、やはり時間が足りず、またも中途半端な出来になった。

時間が足りないので、現場に入ってからも、
トレーラーの中で勉強だ。


役者が役者としての仕事をまっとうできない、
これほど情けない事はない。

とにかくベストを尽くさねば!


もう、衣装の事は諦めた。
メイクの人に、「いびつな七三分け」にセットされたけど、それもOKだ。

とにかく、俺は自分の演技に集中だ!


俺が今回演ずる役は、「日本人研究員1」。
セリフは全て、同僚の「日本人研究員2」との掛け合いだ。

====

研2「・・・えー、それが、○○○○である・・・と。」(資料を説明している)

俺 「・・・えーと、これは資料が何枚か、抜けてませんか?
    この説明で理解できますか?」 (同僚の研究員に)

研2「え、ええ、理解できますよ。(本当は理解していない)
    私たちのビジネスを、根本的に変えるでしょうね!
    ・・・分かりませんでした?」

俺 「・・・いえ、、あの、分かりますよ!
    ただまあ、あの、
    もう一枚くらい資料があった方が、分かり易かったなー、
    と、思っただけなんですけどね。・・・ええ。」

====


・・・よし。頑張ろう!


俺は、「日本人研究員2」を演ずる
シーンパートナーの「日本人俳優」に挨拶しようと、
その俳優のトレーラーに向かった。

トレーラーには、「日本人研究員2」を演ずる俳優の
ネームプレートが掲げてあった。


 なるほど、日本人研究員2を演ずるのは・・・「Kさん」か。

 ん・・・、待てよ・・・、「Kさん」・・・?


 ・・・まさか、「あの」、Kさん? そんな馬鹿な・・・!


俺は言葉を失った。
だって、この「Kさん」、名前は日本人名だけど、日本語を全くしゃべれない。
その昔、俺の俳優仲間と、
一緒にテレビCMに出ていたから、知ってるんだ。

そこで「Kさん」は、日本語でセリフを言うはずだったんだけど、
彼が喋っていたのは、全く理解不能の、「ニほンご」だった。

 「ほヌれ!ふーソ、チュキよて!
  くヌれら、チャカちゅくじょ!
  あー、そー、そー。」

「聞き取りにくい」というレベルではなく、
冗談抜きで、堂々とこう喋っていた。

まさか「日本人研究員2」を演ずるのは、その「Kさん」なのか・・・?


 でも、それはおかしい。どう考えてもおかしい。


だって、今回の「日本人研究員」の役への応募条件は「日本人俳優」だったはずだ。
しかも、「日本語が完璧に話せること」と、そこにハッキリ書かれてあった。
普通に考えれば、彼は応募できないはずだ。


 ・・・では、なぜ彼がキャストされたのか。


おそらく、彼が「自分は日本語を完璧に喋れる」とウソを吐いたから・・・だろう。
自分が日本人名である事を利用して、
堂々と「ニほンご」で演技したのだろう。


・・・これは困った。

とにかく、まずは彼が、
ちゃんと自分の日本語のセリフを練習しているか、探りを入れなければ。

しっかりと練習してくれていれば、なんとか乗り切れるはずだ。


俺 「やあ、Kさん、ユウキです。よろしく!」

K 「よろしく!」

俺 「あれ?Kさんって、日本語喋れたっけ?」

K 「うん、喋れるよー」

俺 「・・・そっか。ちょっと、セリフを一度、通さない?」

K 「いや、本番まで遠慮しておくよ。」


うわあああああああ、こいつ、確実に練習してない!練習する気がない!
最後まで誤魔化し通す気、満々じゃないか。


・・・これはまずい。

彼は本番で、セリフを無視して「ニほンご」で演技するつもりだ。
どうにかして、食い止めなければ。
しかし一体、どうすれば・・・?


俺は策を練った。


・・・まずは、彼の「ニほンご」を封印する必要がある。
そのためには・・・、彼がセリフを間違えたら
監督に、即バレるようにすればいい。


・・・よし、これでいこう。


俺はまず、彼の日本語のセリフを全て発音表記に直し、
アメリカ人でも発音できるようにして、それを監督に提出した。

「私たちのビジネスを、根本的に変えるでしょうね。」
 ↓
Watersh Touchy no, business wo
Kong Pong Tecky nee, Ka elu de sho- ne.


そして、監督に事情を説明した。
監督の顔に、緊張が走った。

監督「・・・そんな馬鹿な。
    日本語が喋れるって条件だったじゃないか・・・。
    ・・・ユウキ、教えてくれて、本当にありがとう。
    これが無ければ、セリフのチェックができないところだった。」


・・・もう、後には引けない。

俺は覚悟を決めると、発音表記のセリフを手に、
「Kさん」のトレーラーのドアを叩いた。


俺 「Kさん、ちょっと話したい事があるんだけど、いいかな。」

K 「ん、なに?」

俺 「・・・Kさん、日本語喋れないよね。」

K 「まあ、喋れるよ。」

俺 「・・・俺さ、Kさんの日本語CMを見た事があるんだけど。」

K 「・・・。」


Kさんは、俺にバレている事に、ようやく気がついたようだ。
俺は、発音表記に直したセリフを、Kさんに差し出した。


俺 「これ、セリフを発音表記に直したものだよ。
   これを練習すれば、とりあえず、大丈夫だと思う。
   ・・・だから、一緒に練習しよう。」


俺は、これで全てが収まると予測していた。
でも、この後の「Kさん」の反応は、俺の予想を超えていた。


K 「・・・いやさ、別にいいじゃん。」

俺 「・・・? なにが?」

K 「別に日本語喋らなくても、いいじゃん。
   製作側の人とか、絶対に気にしないよ。」


・・・まさか正当化されるとは思ってなかった。


俺 「いや、気にするよ。
   気にするから、キャスティングの段階で、
   『日本語を完璧に喋れる事』って書かれてたんだろ。」

K 「どーせ、分かんないから。
   俺が日本語を話してるかどうか、
   製作側も、視聴者も、絶対分かんないから。」

俺 「いや、分かるよ。
   俺たち日本語が喋れる人は、一瞬で分かる。」

K 「そんなの、ごく一部じゃないか。
   あのさー、君にはこの役は
   ものすごい大きな役なのかもしれないよ。
   でもね、所詮3分程度のちっちゃいシーンだから、
   どーでもいいんだって。」


・・・こいつ、俳優を何だと思ってんだ!

ここまで俳優業をナメきった奴は、初めてだ。
プライドも、責任も、何も感じられない。

なんでこんな奴に役が取れるんだ。
フツフツと怒りが込み上げてきた。


K 「例の人気テレビシリーズを観てみろよ。
   日本語が喋れない役者が日本人を演じても、
   特に問題ないじゃないか。」

俺 「・・・いや、彼らは日本語で喋ってるよ。
   確かに流暢ではないかもしれないけど、
   アクセントコーチを付けて、日本語で喋ってる。
   でも、その日本語が原因で、
   初期にどれだけバッシングされたか、
   まさか知らないわけじゃないだろう?」

K 「ああ、知ってるさ。
   日本人は人種差別主義者だからな!」

俺 「『日本人の役は日本語で喋るべき』、という事の
   どこが人種差別なんだ?
   ハリウッドは『アジア人』を一まとめにするけど、
   それぞれ文化も言語も違う事くらい、君自身が良く知ってるだろ!
   君こそ、日系なのに、
   日本の文化を尊重する気が全くないのは、なんでなんだ?」

K 「・・・。」

俺 「・・・あのさ、もう日本語でセリフ喋る気、無いの?
   無いなら、もう、何も言わないよ。
   君の好き勝手にやればいい。
   俺も、今すぐこのトレーラーから出る。」

K 「・・・。」

俺 「・・・。」


Kさんは、俺の書いたセリフの紙を受け取った。


俺 「・・・読み合わせ、する?」

K 「・・・いや、それはいいよ。」

俺 「分かった。・・・ありがとう。」


俺はトレーラーから出た。
あまりにショックで言葉が出ない。


アメリカのテレビドラマや、映画で時々登場する、
全く理解不能な、「日本語のようなもの」、
俺はその原因は「製作側」にあると思っていた。

製作側が、「アジア人は皆同じだから、日本人じゃなくてもいいや」、と、
いい加減な気持ちでキャスティングしているからだ、と思っていた。

・・・だが、今回は全く違う。

製作側はちゃんと「日本語を喋れる日本人」を募集していたのに、
役者側がそれを欺いた。


こんなにショックな出来事は初めてだ。
しかも、今回は相手が日系俳優だから、なお更だ。


・・・たとえば日本人が映像界に進出して、
「日本人」の役を独占したら、どうなるのか。

当然、今まで「日本人」を演じてきたアジア系俳優は、仕事が無くなる。

・・・俺はそれが理想の状態だとも、全く思えない。


アジア系俳優が、「アジア人」という枠を超えれず
どれだけ苦労しているか、よーく分かっているし、
自分自身が日本人以外の役を演ずる可能性を、閉ざしているのと同義だ。


・・・ちゃんと、努力してくれれば、いいんだ。

誠心誠意、自分が出来る限り、努力してくれれば、いいんだ。


例のテレビシリーズを見てほしい、みんな、努力している。
ちゃんと日本語を喋ろうと、役者が本気で努力してくれている。

結果的にそれが、「ちゃんとした日本語」になってなかったとしても、
本気で努力してくれたら、やっぱり嬉しいじゃないか。

敬意を払ってくれたら、嬉しいじゃないか。


Kさんはその後、限られた時間で、「努力」してくれた。

もちろん、付け焼刃だったので、セリフはボロボロだった。
でも、彼が初めて本気で日本語を喋ろうとしてくれている姿は、嬉しかった。


・・・俺は一体、どこに向かっているんだろう。

俺は今、いつかアメリカ人の役を完璧に演ずるために、
英語を本気で勉強しているが、果たしてそんな事が可能なんだろうか。

どんなに頑張っても、アメリカ人から観たらバレバレで、
鼻で笑われる程度になるんだろうか。


・・・いや、絶対に、やり遂げてやる。
自分自身は日本人でありながら、
「アメリカ人にもバレないアメリカ人」をいつかきっと演じてやる。

・・・いつか、絶対に。

投稿者 ユウキ : 23:55 | コメント (6)

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